10月31日(日)晴れ
新入生歓迎パーティにおいては、系列芸が催される。
これは航大生が先達から引き継いだ秘伝の奥義である。
しかし近年は、系列芸を行う系列は少なくなってきている。
これは航大の制度が今まで幾度と改変された背景があり、伝承に不具合が生じている為であろう。
系列芸を調査した所、本系列プチ系列合わせて現在まで残っているのは10系列であった。
このままでは系列芸は絶滅の危機にさらされる。
これではいけないと、零壱が立ち上がった。
零壱は宮崎修了までの間に、全ての系列において系列芸を催す動きでいる。
俺、陽平、TERU、コンドック、♂介、マサト、SAYちゃん、Yaw太郎の系列には最初から系列芸が存在しない。
そこを何と、無から系列芸を生み出す動きでいるのである。
これぞまさしく芸術の復興、航大50年目のルネッサンスである。
来週の新歓が楽しみである。
10月30日(土)曇り
ここ最近も、悪夢に悩まされ続ける。
こないだ見たのは、吹き抜けのビルの中を旋回する夢である。
旋回半径を誤るとビルの外壁にぶつかってしまう。
よって、バンクを深めたり浅めたり常に調整し続けないといけない。
しかも旋回以外にすることが無く、脱出も不可能であった。
永遠に左旋回が続く。
また、高速道路に不時着する夢も何度か見た。
宮崎課程に入ってから、求められるレベルがかなり高くなってきている。
その為、いくら準備しても勉強してもまるで追いつく感じがしない。
そういうこともあって、追い詰められているという感覚が結構ある。
だからその精神状態が夢になって現われたのかもしれない。
寝てもフライト、起きてもフライトという状態は正直参る。
しかし、パイロットになる為にはそこを乗り越えていかないといけない。
「いつのまにか」じゃない、自分で選んで歩いてきたこの迷路である。
10月29日(金)雨
ソロナビがそろそろ始まっている。
まずソロに出る為の技量認定を受け、三角ソロ、1生地ソロ、2生地ソロの順に計3回行われる。
三角はどこの空港にも降りずに帰ってくるナビである。
1生地は一つの空港、2生地は二つの空港に一人で降りて帰ってくるのである。
同期では三角ソロに出ている人も多い。
俺はまだまだ技量認定を受けるレベルには達していない。
要演練である。
勝利も敗北も無いまま孤独なレースは続いてく。
10月28日(木)晴れ 飛行時間120+05
本日は熊本から帰るコースのナビであった。
俺は最近ATCの聴取ができていないので、TFCの把握に重点を置いた。
熊本ではヘリやら他機のTFCが多い。
出発した後もアルティチュードリストラクションがかかり、2,000フィート以上は上がれなかったりした。
気が抜けない。胸騒ぎのAfter air bornである。
その後不知火まで行ったら、今度はホールドがかかったりもした。
ちなみに行きはマサトが雲仙普賢岳の横を通った。
煙がモクモクしていてものすごかった。
チェックで雲仙を通るコースを出題されることもある。
その時は、回避して横を通るルートを計画しなくてはならない。
10月27日(水)晴れ 飛行時間118+30
本日は長崎へのナビであった。
俺は帰りのコースである。
V-REPの西彼には、以前オランダ村があったようである。
後は西海の橋等を見た。
帰りは天草諸島の富岡にある、四季崎岬を通った。
この地域には、獅子島、産島、御所浦とナビではメジャーな島がある。
他には黒ノ瀬戸大橋や牛深のアーチ橋等、変針点に使われ易い場所も多い。
10月26日(火)雨
もうすぐスピン訓練が始まる。
ボナンザではスピンができないので、海上自衛隊小月基地に行ってスピン訓練を受けるのである。
飛行機はT-5というターボプロップの機体である。
スピン以外でも、宙返り、バレルロール、エルロンロール等のアクロバット技をしてもらえるかもしれない。
ボナンザでは体験できない飛行の為、かなり楽しみである。
小月基地は山口県の西、関門海峡の近くにある。
小月へは、ボナンザでナビゲーションで行く。
よって、スピン以外に小月への経路を研究しなくてはならない。
何しろ初めて本州にナビで行くのである。
途中には航空自衛隊築城基地のTCAや、山口宇部空港もある。
それらを超えなくてはならない為、なかなか大変である。
10月25日(月)晴れ
51Uが入学した。
我々零壱と寮で一緒に暮らすことになる最後の回期である。
航空大学校は寮生活を行っている。
それは、先輩から後輩へとパイロットや社会人として必要な事を教えていく為でもある。
そこで零壱は、陽平学生を産業スパイとして51Uに送り込むことにした。
陽平には「佐藤君」という架空の名前と経歴を与え、51Uに潜入させた。
すると、見事に51Uの中に溶け込んだ。
佐藤君(陽平)は一人だけ手土産を持参してきたり、航大の校歌を何故か歌えたりと不審な動きが目立った。
しかし51Uは、同期が19人もいるのに全然気づかなかったようである。
カッコウの子供みたいだ。
佐藤君が自分の名前を名乗る時、間違えて「萩原です」と言ってしまった。
それを見て零壱は必死にこらえていたが、ついに栗ちゃんが我慢できなくなって「くっ」と笑った。
それでばれたかとヒヤヒヤした。
しかし51Uは逆に、佐藤なのに萩原と名乗るなんていよいよこいつ変わり者だと思ったようである。
10月24日(日)晴れ
俺は帯広からフライト課程に入ってから、実に多くの事を学んだ。
その中でも重要な事が、「信頼」と「信用」は違うと言う事である。
人を「信頼」しなくてはならないが、「信用」してはならない。
何も他人が自分を騙そうとしているわけでは無い。
しかし人間である以上、間違いは起こり得る。
例えば、俺が何か言った時、「その情報はどこから知ったんだ?」と聞かれる。
すると俺は、時間をかけて一生懸命調べたのに信じてもらえないのか?と思ってしまう。
しかし、この「確認」という作業は非常に重要なことである。
身近な例を挙げると、パイロットは管制官の指示に従わなくてはならない。
しかし、双方で認識に誤解があるようではいけない。
よって、"Confirm"することが非常に重要である。
信頼関係を成り立たせながらも、お互いが自分や相手の行うことを確認していくことが大事なのである。
10月23日(土)晴れ
知能テストの本をやってみた。
何でも今脳内ブームだそうである。
中田英寿もIQが相当高いようである。
言語、記憶、論理、計算、知覚&認識の5つの分野があるようである。
その項目のバランスによって、適職もあるそうだ。
俺は漁師、税理士、気象予報士、探偵が向いているようである。
ちなみに適職一覧の中にはパイロットは無かった。
5分野のうち4分野はまあまあだが、少し言語が弱いようである。
11月3日に文化の日らしくテレビで知能テストを行うようである。
10月22日(金)晴れ 飛行時間116+45
本日は大分へのナビであった。
天気は良好だと思っていた。
しかし、ヘイズが出ていた。
あまりにも大気が安定している為、逆に薄い雲ができている訳である。
高度を下げても、チェックポイントをインサイトするには困難を極めた。
宮崎に近くなってくると、比較的雲は無くなってきた。
本日は新田イーストルートを計画していた。
しかし、許可が降りなかった為にいつも通りセンタールートを通ってきた。
どちらでも通ることができるように、準備をしておくことが大切である。
10月21日(木)晴れ 飛行時間115+00
本日でナイトフライトも最終日である。
都会は煌くパッションフルーツ、ウインクしてるエヴリナイトである。
TDのタッチアンドゴーの後、俺が岩瀬ダムエリアへと向かった。
そこでパターンデルタとスローフライトを行う。
その後パワードスティープターンを行った。
パワードスティープターンは、左旋回から右旋回への切り替えしが難しい。
パワーが余剰になっていて、機種を下げきらないと上昇してしまう。
右旋回中に、俺は高度をだいぶ落としてしまった。
かなりのパックプレッシャーが必要であるが、支えきらなくてはならない。
10月20日(水)台風
本日は空中航法のチェックであった。
内容は、推測航法、ダイバート、日没時間等である。
宮崎フライト課程の空中航法は少しレベルが高く、難しい。
しかし、将来機長になるに当たり、高度な航法ができなくてはならない。
日没時間の概念は、ナイトフライトで役に立った。
ちなみに太陽が地平線に沈んだ後も、光が空気に反射して割と明るい「薄明時間」がしばらくある。
10月19日(火)雨
本日は原動機のミニチェックであった。
原動機の座学では、我々が将来乗るべきジェットエンジンの仕組みを習っている。
又、仙台で乗ることになる「ターボプロップエンジン」も学んでいる。
ターボプロップは、ジェットの力でプロペラを回すエンジンである。
航大の玄関にエンジンの模型がある。
それをYaw太郎とSAYちゃんと一緒に見に行った。
相当複雑な仕組みをしている。
我々が将来大型機に乗る為にも、理解することは必要不可欠である。
10月18日(月)雨
またもや台風が近づいている。
今回の台風は、大型で非常に強い"TOKAGE"である。
今年は台風が多く、各地でもたらした被害も多い。
台風は、500hPa面の5820m又は5880mの等高線の走向に沿って進む。
又、台風は気圧降下の大きい所に向かう。
前面に前線があると、それに向かって進んだりする。
台風の性質も理解しておかなくてはならない。
10月17日(日)晴れ
ついにニモを観た。
SAYちゃんが英語の教官から借りたDVDである。
SAYちゃんが、「ニモはいいよ〜」と言っていたので、俺も観ることにした。
大変面白い。かなり感動的な作品である。
やはり親の愛は偉大である。
しかし、コンドックの感想はイマイチだったようである。
コンドックの感性は謎である。
ニモのお陰で満足感を得られて幸せな気分である。
魚を食べると頭が良くなる。
10月16日(土)晴れ
体育で体力測定を行った。
種目は、反復横飛び、踏み台昇降、握力等である。
栗ちゃんが垂直飛びで痛そうである。
いきなり無理をしてはいけない。
JOEは伏臥上体反らしがかなり得意である。
立位体前屈とのギャップ差が激しくて良い。
俺は背筋188キロと、まあまあ平凡な数値を出した。
懸垂は22回であった。
それを見ていた河ちゃんが、「22番系列らしく22回ですね!」と言った。
まさしくその通りである。
10月15日(金)晴れ 飛行時間114+00
本日もナイトフライトである。
ナイトと言っても日没後すぐは薄明時間となっており、割と明るい。
そこで俺は、ボナンザ最強の奥義に挑戦することにした。
大空に怠惰な8の字を描く課目、「レイジーエイト」である。
ボナンザは宙返りやスピンができない為、マヌーバの一番大きい課目はレイジーである。
まずピッチを20度上げ、バンクを30度入れる。
そしてバンクを45度にしながら90度旋回する間にピッチを水平まで持ってくる。
今度は下にある街灯りを切るようにピッチを下げ、180度でロールアウトするようにバンクを戻す。
左右逆で同じことをする。
但し、P-ファクターの影響で左右ではラダーの踏み方が違う。
曲技は姿勢、バンク、スピード、高度、HDGが一定では無く頻繁に変わる。
状態を停止させる他の課目と比べると、その辺が難しいかもしれない。
10月14日(木)晴れ 飛行時間113+00
本日は鹿児島へのナビであった。
今回は串木野、火崎を通る。
途中で海上自衛隊の鹿屋飛行場を越えることになる。
"Proceed to Hisaki"とATCで言ったが、火崎はそれ程メジャーな場所でないので、わからなかったようである。
火崎の代わりに「内之浦」を言うのが良い。
内之浦は、ロケット打ち上げ等でも有名な場所である。
10月13日(水)晴れ 飛行時間112+05
本日は熊本へのナビであった。
今回も変則ルートである。
獅子島にある串崎を通り、玉名、黒石の順である。
黒石の街は結構大きい。
V-REPの交差点を探すのに手間取った。
目印は表が茶色で裏が緑のビルの近くである。
黒石でダイバートの状況を付与された。
しかし、ダイバート空港のウェザーを聞く手際が悪かった。
今度はスムーズにダイバートの計画が立てられるようにしたい。
10月12日(火)晴れ 飛行時間110+35
本日は大分へのナビであった。
いつも通っている道と違って、今回は変則ルートである。
帰り、北の祝島や姫島、佐田岬を通った。
そうすると、時間が相当かかった。
かなりの遠回りになるようである。
大分のV-REPの富来を今回初めて通った。
10月11日(月)晴れ
50Uが帯広より帰投した。
俺の個人的な考えでは、今この瞬間が卒業に次いで航大生活で2番目に嬉しいであろう。
昔住んでいた地に、ウイングマークを付けて戻って来れたのである。
同じ航大生でも、やはりフライト学生は何か威容が違う。
聖闘士で言えばゴールドセイントに相当する。
ちなみにセイントには同じ技は2度通用しない。
航大生も同じ試験に2度落ちると退学になるので、まあまあ似てる。
10月10日(日)晴れ
コンドックに頼んでバリカンでボウズにしてもらった。
俺はフライトをすると脳がオーバーヒートする傾向がある。
CHT(チャーリー・ヘッド・テンパーチャー)の上がり過ぎはよろしくない。
そこで、熱を冷ます意味でも涼しくした。
なかなか良い頭になった。
フライトに向けて気合が入る。
これで今週のフライトはバッチリである。
10月9日(土)晴れ
本日は久しぶりに走りに行った。
気分がさっぱりしない時は、走ると気持ちが良い。
最初は宮崎オススメスポットRWY09のスレッショールドに向かった。
その後、ダウンウインドの目標のオレンジの鉄橋の下に行った。
ダウンウインドの幅は1.4マイルくらいなので、約5〜6キロといったところである。
すると、陽平とTERUが釣りをしていた。
生きの良いハゼを釣っていた。
どうやらちびっ子がたくさん来たので、釣りを教えていたらしい。
10月8日(金)雨
俺はシュミレータが相当ニガテである。
そこで、Yaw太郎にフライトシュミレータを借りて特訓をした。
上手くなる為には、ゲームだろうが何だろうが利用してやろうというハングリー精神が重要である。
パソコンの技術はすごい。宮崎空港が忠実に再現されている。
秋田空港も忠実に再現されていた。これは仙台課程でも役に立つかもしれない。
タクシーで既に海に落ちたりしたが、何とか離陸に成功した。
しかし、なかなか姿勢が落ち着かない。
このまま根気良くやっていくしかないが。
今笑われても構わないけど最後は俺が笑う。
10月7日(木)晴れ 飛行時間109+10
ついに49Wさんが宮崎課程を修了された。
帯広課程も長引いたが、またしても長引いた。
まともに天気が良い日が殆ど無い中、49Wさん達はよく頑張ったと思う。
そしてフェリーや飛行機でそれぞれ宮崎を後にする。
束の間の休みの後は、いよいよ最後の仙台課程が待っている。
49Wさん、長い間本当にお疲れ様でした。
仙台に行ってから、また宜しくお願いします。
10月6日(水)晴れ 飛行時間107+30
夜間飛行も2日目に突入した。
航空大学校千夜一夜物語である。
事業用課程では、機長による夜間の5回以上の離着陸が必要である。
そこで、最初は俺がTGLを行った。
夜間においては接地点が暗い為、結構着陸が難しかった。
その後、TDが7,000フィートにてAIFを行った。
すると、6,500フィートと6,000フィートにもAIF機が入った。
そして、何と3段でホールディングを行うことになった。
夜はビーコンライトが光っているので、位置が手に取るようにわかる。
しかも、ホールディングなので3機が全く同じ動きをしていることになる。
これは横から見たらさぞかし圧巻であろう。
10月5日(火)晴れ 飛行時間106+30
本日のナビは熊本である。
マサトがいつものルートと違うコースを選んだ。
熊本の東の竹田という山地を越えるコースである。
この山岳地帯は大変気流が悪かった。
そして帰ってきてすぐご飯を食べ、またフライトの準備をする。
本日からナイトフライトが始まるのである。
ナイトフライトの変則班は、俺とTDである。
本日は雲が多く、ただでさえ暗いのに殆ど見えない状態であった。
その為目が疲れて、結構疲労が溜まった。
しかし、ナイトフライトは全部で4日間ある。
タクシーライト・ナビゲーションライト、夜はまだ終らない。
ストロボライト・ランディングライト、フライトはまだ終らない。
10月4日(月)雨 飛行時間105+15
本日も佐賀へのナビである。
佐賀にアプローチする直前、Yaw太郎は福岡TCAとコンタクトするように指示された。
どうやらライン機がいるかららしい。
この事態は想定外であったが、Yaw太郎は柔軟に対処していた。
先輩に聞いたら、たまにそういうこともあるようなので準備が必要である。
ちなみにうちらの前に栗ちゃんが同じ事を言われていた。
栗ちゃんは佐賀レディオとのコンタクトを要求していたが、断られたようである。
レディオとコンタクトできれば一番良いが、トラフィックの状況によってはそうはいかない。
本日は雲が多いので、計画の段階で高度をいくらにするか迷った。
帰りの俺の番では雲が大変多くて、上に避けるか下に避けるかで迷った。
ナビは雲をいかにして避けるかで、結構頭を悩まされる。
10月3日(日)晴れ
俺とYaw太郎のブリーフィング風景が、9月30日の新聞に載った。
いかにもらしい説明をしているような写真である。
注意深く見てみると、ウェザーの資料と地図やナブコンが同時に机の上に上がっている。
MIXさんによるプリフライトチェックの写真も載っている。
しかしこの日は台風の次の日だったので、よく見たら看板が「航空学校」になっている。
しかし羽田空港の屋上には、もっとたくさんの航大生が写真で登場しているようである。
MIXさんやフジタケ王子、まだまだいるようである。次に羽田に行った時にでも見てみたい。
10月2日(土)晴れ
本日は空の日である。
航空大学校に、一般のお客様が多数いらっしゃった。
その中には、パイロットになる為に航大を目指している少年もいるであろう。
そういうちびっ子に夢を与えなさいと教官に言われた。
イベントとしては、体験搭乗、フライトシュミレータ体験、航空機の展示等が行われた。
我々のチームは俺、SAYちゃん、JOE、HAMA、かずキティ、ヨッシー、栗ちゃんで体験搭乗の引率である。
体験搭乗そのものは教官が操縦して、我々はちびっ子と親御さんに説明したり機体まで案内したりする役である。
ボナンザに乗れるのは18歳以下の少年少女である。
子供とは言え、俺らのブリーフィングを真面目に聞いていた。これはかなり意識が高い。見習うべきである。
ブリーフィングは俺とヨッシーで行い、残りは引率とアミダくじで決まった。
しかし実際は相当忙しく、役割を分けてもその通りにはいかないことがあった。
すると、49Wさんが助けに駆けつけてくれた。
49Wさんのおかげで相当助かった。ありがとうございました。
ブリーフィングは全部ヨッシーが説明して、俺は一言も言葉を発しない代わりに救命胴衣を着たりシートベルトを締める真似をした。
みんなで協力したおかげで、かなり好評だったようである。
本日航大にいらっしゃった皆さん、どうもありがとうございました。
我々航大生はこれからも安全運航を心がけ、日々の訓練頑張ります。
10月1日(金)晴れ
10月1日から屋久島の呼び名が「屋久島リモート」になる。
屋久島は、タワーもレディオも無いRAG局という空港である。
管制官も情報官もいないので、着陸するには今まで鹿児島FSCと交信していた。
他にも上五島や北海道の紋別など、呼び名が変わる所が多い。
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